Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

ブログをサボってる間に。

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のまちゃんが252,000kmこえました(汗)

久々だわー。

久々だわー。

いつの間にか温かくなって。クシャミと鼻水にまみれて春の訪れを体感しています(泣)
あうぅ・・・目も痒い・・・

こっそり食ってみた

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bare盛岡近郊でホワイトデーのために調達した、岩手県でブレイクしているかどうかは不明の、白くまクッキーとやら。なんで岩手でシロクマ?という突っ込みは棚上げして、このパッケージがこけおどしだったらしょーがねーなあと、余分に買ったものを食ってみたのです。

うまいわ、これ。

「桜の風景2013」写真展を始めました

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osaharuつい先日まで氷点下な毎日だったためにうっかりしていました。Iwanacreekさんから

「ことしもやるんでしょー? 河津で撮ってきましたよー」

と投稿(本稿の挿絵写真も)をいただき、「桜の風景2013」を開幕いたしました。

本年も全国の桜の写真をご提供下さい。送っていただく際の写真サイズと点数は
640x480(1点)
320x240(2点)
写真の紹介コメント(場所や日付とか風景の解説)という内容でお待ちしております。
写真のサイズはこちらで調整します。メイン写真がどれになるかを、ファイルナンバーやファイル名でメールに明記してください。
締め切りは、例によって根室あたりの桜が開花するまでですが、沖縄の人、すいません、とっくにピークは終わっていると思いますけど、ぜひぜひお送りください(小笠原もか?)

と、まあ毎年代わり映えしてませんが、今年は久しぶりに(などと昨年も言ったような気がするのにやった記憶がない)真夏の風景なんかもやってみたいです。

未踏の域へ

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430000BLUEらすかるは11日の深夜、仙台市内で43万キロを刻みました。

あと300キロを走ると、とねるーどらすかるが持っている記録を塗り替えることになります。

ここから先は、V6のエスクードでは未踏の域です。

二割の先行き

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福島市に出張した折、福島県内で生産されている「再生可能エネルギー源による発電」の比率が、震災以前でも20%を超えていたことを伺いました。

震災後の集中豪雨で発電所や送電網が大打撃を受けていますが、福島県内における水力発電は、かなり大きな再生可能エネルギー源。それに続いて柳津の地熱発電も、全国的に見ると二番手くらいの規模なのだそうです。さらにバイオマスや風力発電の立地と、メガソーラーの急速な普及が起きていて、先行きのことは皮算用とはいえ、2040年くらいになると、県内電力消費をほぼ再生可能エネルギーによって賄える見通しだと。

いやそりゃ先が長いよと思ったら、2030年あたりで60%だというので、自給率5割の達成を第一目標に考えたら、決して長すぎでもないなあと感じました。

政治とエネルギー政策については素人なので余計なことは言えませんし、いまさらぼやいても過去は変えられませんが、これだけの素地がありながら、合理性と効率優先で火力や原子力に以降せざるを得なかった高度成長期以降の歩みは、やはり無念なことでしょう。水力、と一口に言えても、ダム一個を作る手間ひまは馬鹿にならないですから。

しかし、今でも原子力災害の風評が流れているのだとしたら、このような研究数値は、皮算用であっても(いやいや、皮算用なんて失礼な物言いですが)、どんどん主張すべき、地域の資源だと感じます。極端なことをイメージすれば、福島県内は、さらに東北一円は、再生可能エネルギー源を地産地消しやすい環境を有しているということで、これを裏返して乱暴に言えば、実は首都圏の方がエネルギー源の過疎地なのです。

そういうイニシアティブを獲得していくことって、福島にとって大事だろうなあと、話を伺っていて感じることて゜した。

みんな、遅いぞ!

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flyingと、新年会に訪れたkawaさんが申しております。

「天狗の森に、まだ誰も来ていませんよ」

「えっ? いや、だって、そりゃそうだと思うよー」

のどかな土曜日のひとときでした(でも冷や汗)

 

あれから

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20110309今になって気がついたのですが、震災前に撮られた最後の写真が、このカットでした。2年前の3月9日夜。仙台市は雪がちらついていました。この日、前震があったわけですが、その時間帯は奇しくも、霰の卒業式で地元に帰っており、どれほどの揺れだったか知らずに、各地から着信する「大丈夫か?メール」でその事実を知り得たのでした。いわきと郡山間の磐越道だけが積雪で、東北道は苦もなく北上でき、ここでもさほどの影響が出ていなかったことから、夕刻には職場に戻っていたのです。宮城沖震源と言われる巨大地震から30年目という警戒をしての転勤でしたから、これがそうなのか? それにしてはあっさり来たなと思ったものでした。

もちろんそれは、警戒していたとは言いながら、被災してしまったのが事実ですから構えが甘かったわけですが。

しかし、この前震は、2日後に僕を救ってくれることとなりました。3月11日当日の予定では、僕は午後3時過ぎに、仙台空港近くの客先まで訪問することになっていました。その2時間前、別の訪問先が事務所から徒歩圏であったために、らすかるを駐車場に置いたままそこまで出かけ、アポイントを取った相手に面会しました。

この面会は、本来なら15分程度で済むものでしたが、その通りのスケジュールで要件が済んで、もうあとは雑談をちょっとさせてもらって引き上げ、岩沼まで移動し、そちらでの仕事をこなすはずでした。が、ここで「実は一昨日、仙台にいなかったのですよ。地震の影響はどうだったんですか?」と問いかけた一言で、僕の「タイミング」が変わったのです。

面会した相手は、その機関において震災対策のスポークスマンでもありましたから、その話題を持ち出すのは自然な流れでした。すると先方は地図やら手書きのレポートやらの資料を出してくれて、数年前の岩手・宮城内陸地震以来の対策や、それに基づく今回の警戒態勢などまで、詳細に説明してくれたのです。ふと時計を見ると、いつのまにか午後2時30分を回っていました。こりゃいかんわ、と、先方にお礼を告げて事務所に引き返し、別の資料を持ち替えて表に出たのが40分頃。らすかるが駐車場から通りに走り出したのが、45分でした。あとはまあ、ほとんど誰もが同じ時間をそれぞれの場所で共有することとなります。

仙台空港で6mくらい、岩沼の客先のところで約3mの津波が押し寄せていました。この客先の社長からは、数日後に「お前、大丈夫だったか?」の連絡をいただくこととなり、あらためて見舞いにおじゃまして詳細を伺うこととなりましたが、もしも当日、予定通りに(しかも前倒し光画部時間で動くし)移動していたら、ただでは済まなかった。

蛇足で言うと、この日は金曜日。岩沼で午後3時のアポ。仙台へは戻らない予定でした。そこから山元まで、宮城側の常磐道を使い、国道6号線で福島を走り、富岡から再び常磐道に乗り直して帰省するスケジュールだったのです。この常磐道未開通区間約70kmも、翌年の春には富岡から相馬までが新規開通して、定番の行き来ルートになるはずだったわけですが、岩沼で足止めを受けなくても6号のどこかで津波に巻き込まれただろうし、それを避けられたとしても、通行麻痺の中で原発事故のあおりをくらっていたかもしれない。

まったく、どこでどう道筋の変わるタイミングを得ているかわからないものです。結局は命からがららすかるを作戦室まで戻して徒歩で事務所に戻り、BCPの初動体制をこなして国土交通省の災害対策室に出向き、情報収集しながら雪の中を作戦室に帰宅するのですが、重ねて言えばこの日は金曜日なのです。霰の卒業式がとんぼ返りだったため、あらためて帰省する予定でしたから、冷蔵庫の中はほぼ空っぽ。途方に暮れるというのはまさにあのことでした。

 

二十余年の火

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kamaishi釜石駅前ロータリーに据え付けられたモニュメントは、重さ4トンの鉄鉱石とステンレスアーチによって形作られ、かつての釜石製鐵所から移設された高炉の火を灯し続けています。1989年に高炉が休止された折、その火は消されたわけではなく、製鉄所内で維持されてきて、釜石市における近代製鉄発祥の歴史が150年を刻んだといわれる2007年に、このモニュメントにも移植されたのだとか。

あの日、釜石の中心地に比べて標高の高い駅前にも、津波の余波はありました。つまり市街地はほぼ壊滅で、ここに至る商店街も、建物が残っていても泥の色一色という時期が長く続きました。

僕が在りし日の釜石を訪ねたのは、おととしの転勤直後、2月末のことでした。子供の頃に連れてこられた釜石とは異なり、製鉄の街の活気は薄れていたものの、つくばーど基地の田舎に比べたら、やっぱりでかい街だなあと感じたのが、今のところ知りうる釜石の姿でした。この2年、釜石や鵜住居、大槌などに出向く仕事が多いので、リアルタイムで立ち寄るこれらの土地は、それこそ見たこともない変貌ぶり。たくさんの人々が生命財産を失い、しかし子供たちが奇跡的な避難を成し遂げ、そして大人たちが今、街の立て直しに奔走しています。

ものづくりの火のモニュメントのそばには、釜石復興の鐘が新たに建立され、鎮魂と再生を願い街を見守っています。

まさかのパナマ?

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godzillaコスタリカだとばかり思っていたら、こうきたか。

しかし娘よ、日本の学者は、ここから出たやつを同類とは認めていないのだよ。

勇者よ来たれ

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tomato全国的に皆無ではないらしいし、トマトラーメンなんてものもあるわけですから、和蕎麦の店にもこういうのがある。だけどちょっと注文する気にはなれず、

「誰か食いに来ないかー」

と振ってみることにします。仙台まで来る勇者にはご馳走します。