Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

雪混じりの午後

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「雪いよいよ降り重ねる折からなれば也」と、うちの近所に居住していた常陸宍戸藩主の殿様が暦便覧という書物を編纂し、そのなかで大雪(たいせつ)についてこうしたためています。

大雪は太陽の円周軌道が春分から動いて255度めあたりを示す二十四節気のひとつ。降って来るなら激しい雪ってことですが、まあ要するに寒いこと請け合いです。

岩手県の山間部は霧に巻かれた後、霙になりかかりの冷たい雨が待ち受けていました。沿岸部は幸いにもまだ雪ではありません。林道ではなくトンネル工事のために開削され重機やダンプトラックが往来した未舗装路は、今は使われていない割には思いのほか荒れていません。許可がないと入れないということもあるのでしょうけど(許可出てますからね)、こういうルートはルートで埋もれ朽ちていくのももったいない気がします。

ましかし、こんなとこまで誘っても来る人いないしね。

首都高速富嶽二景

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津久井浜へ向かう途上の首都高速湾岸線がたまたま東扇島あたりの工事で一時的に低速度運転となり、ふと内陸に目を向ければ煙突の向こうに明け方の富士山。後部座席にいた霙に撮影してもらいました。

日本人の民族習慣として何かが刷り込まれているのか、このような景色に出会うと得をした気分になるのが不思議です。

そして津久井浜で半日を過ごし帰路に就いた首都高速中央環状線での日没前。帰路は家内の運転だったため助手席からの撮影です。

稜線の気流は相当荒れている模様ですが、それでもこの一日、首都圏ではあちこちでずっと眺められるような景色が続いていたようです。

福島へ!

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15時、米沢北インターから・・・というかもうインター周辺も巻き込んで大渋滞。

米沢から福島までの所要時間約60分を20分ほど短縮するはずの東北中央道ですが、初日はこんなもんで、東北道の福島ジャンクションまで95分かかりましたよ(笑) しかし米沢北から福島大笹生までは無料区間なものですから、これだけの車両のほとんどが福島大笹生で降りていくというのがなんかねえ、さもしい。

米沢へ!

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東北道の福島市内で昨年からジャンクションが開通していましたが、これを進んでも2キロほど先の福島大笹生インターチェンジ止まりでした。が、本日の15時以降、さらに35キロちょっと先の米沢北インターチェンジまでが通行可能となります。これまでは福島飯坂インターで下車して国道13号でトンネルをいくつかつないで行き来していましたが、この東北中央自動車道は東北道からそのまま乗り入れ、山越えしてしまう高規格道路です。とはいえ徒歩、自転車、軽車両、125cc以下のバイクは通れないのですが。

米沢への山越えは、スキー場の真横を抜けていくほどでしたから真冬はけっこう積雪や凍結で怖いものがありました。今度はこれを新しい栗子トンネルで一気に抜けてしまうルートで、このトンネルは9000メートル弱という東北一の長さ。全国の道路トンネルでは東京湾アクアラインのトンネル部に次いで五番目に位置付けられるそうです。

これを整備している国土交通省的には「無料で通行できる日本一長い道路トンネル」というのをアピールしたいようですが、しかし、徒歩はまあともかく、125以上のバイクと自動車しか通れないし・・・という高速道路ならではのジレンマもあるのですが。

もう1点は、東北中央道は国だけでなく東日本高速道路も共同で作っており、国が作っていない区間は有料道路であること。いや別に無料じゃなきゃ嫌だとは言いませんが、この路線は直轄区間だったりネクスコ区間だったりがいちいち入れ代わり立ち代わるややこしい一本道で、ゆくゆくはそういう状態で福島側は相馬市の常磐道、山形から先は秋田県の湯沢市以北の高速道路とつながり、便利だけど優良無料がまだらに続く妙な路線となるのです。

まあその頃の政権が「財源ほしいから無料開放やめる」と言ってしまえばそれまでですけど。

銀河鉄道で去りぬ

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悟道の里山開山祭に呼ばれた帰路、久しぶりに駅前のお店に立ち寄り「河童店長」の朗らか且つ面妖ぶりを拝見しながら昼飯をと考え、里山で用意してくれていたひっつみ膳を丁重に辞して来てみれば・・・

 おい! なんだよそれーっ

 

つい一カ月ほど前のことじゃありませんか。日付で想像するに、遠野祭りを見に来たお客を最後にもてなし、祭りの週末明けに店じまいされたようです。僕が若かった頃、すでに彼は遠野駅前でまだ人の姿でお店を出していたので、この街では立派な老舗だったのです。近年は河童の姿にまで勝手に身を変えてまで来訪者に笑いを振りまいていたのに、いったいどうしたことなのか。

お店の名前は昔から遠野っぽくないポップなネーミングでしたが、実はこれは彼のお姉さんの愛称を譲り受けたものだそうで、そのお姉さんがこの夏、鬼籍に入ったのだとか。どうやらそのことから大きな決断に至ったのだと、近隣の人と立ち話をさせていただく中でわかっていきました。

「祭りの週末はSL銀河も駅に来ていたから、店長は本当はそれに乗って帰りたかったんじゃないかなあ。お店の後片付けも残っていたから、そうもいかなかったと思いますよ」

もの哀しい話です。彼はきっとSL銀河のあとにやってきたであろう銀河鉄道に乗り込み、お姉さんの野辺送りのために遠野を離れて行ったのだと考えながら、僕も駅を後にするのでした。

 

体育の日なので

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  好きです、こういうの。

蔵王越え

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青森から福島まで、東北地方の著名な山々が一気に初冠雪した中で、蔵王だけニュースでも天気予報でも名乗りが上がらなかった。宮城側の山麓からは、朝方は白っぽい山頂だったという声もあったようですが、冠雪とはみなされなかったようです。

まあそんなに急がないでよ、紅葉見物にだってここ数年行けていないんだからと、上山市に出かける仕事のために蔵王越え(仕事です。仕事ですからね)

岩手県の八幡平辺りでは、アスピーテラインが雪で通行止めになったという話も聞くわりには、宮城県の蔵王エコーラインはまだまだ南なので、紅葉散策にはちょっと早かったようです。連休初日が雨予報だから、そのあと冷え込んで見ごろになっていくはず。

気が早かった分観光客も少ない平日ですから、混雑もせずにピークへたどり着きます。ただし仕事中ですし御釜散策はせずに山形県へ(ほんとだからな)

それでも途中のパーキングゾーンに車を停めて、道路脇の法面を見上げれば、そこそこの色づきは始まっています。気温は11℃。風が無いので肌寒さも感じずゆったりと・・・いや時間通りに上山へ降りていくことができましたよ。米沢方面から伸びてくる新しい高速道路のインターチェンジがだいぶ形になっておりました。

帰路も同じルートと思ったんだけど、現地を出るのが夜になっちゃったので断念。

荘内の文化

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山形県鶴岡市には1971年から文化会館があって、特に音楽の文芸活動が盛んだそうで、夏前に建て替えられた地銀本店のビル内にすら大ホールが完備されているほどです。その市立文化会館が改築され、市民公募で「タクト鶴岡」と名付けられていたかと思ったらいつのまにかネーミングライツで地銀名もくっついて完成して、藩政時代の建築やら維新から大正にかけての建物もまだまだ健在の、ちょっとイイ感じのする鶴岡の街にはかなり見慣れない施設が姿を現しました。

なんかこうへんてこな・・・などと言ったらぶっとばされるので言いませんが(言ってるし)、これを意匠面で設計したのは、僕と同郷の妹島和世さん。ハイアット財団から建築家に対して授与されるプリツカー賞を2010年に受けた建築家で、最近だとすみだ北斎美術館なんてのを手掛けていますが、鶴岡のこのホールが彼女が独立して30年めの作品となります。へんてこな・・・などとは決して言ってはならない、鶴岡でこれ?とつい思ってしまった複雑豪快な屋根のごちゃごちゃは、遠望する山並みと重ならないような配慮や降雪時の雪の重さに対する備えやら、いろいろな意味が込められているのですが、いずれ街並みにとけ込んでいくのでしょう。

その山並みの一つに数えられる月山の麓に黒川というところがあり、そこの鎮守である春日神社の神事能が、ホールの完成を記念して奉納公演されました。演目は「淡路」。朝廷の臣下が淡路島を訪れ、そこで邂逅した老人と男に水田に立てている幣帛の理由を聞き、国土創世の神話に触れる。その夜臣下のもとに伊邪那岐が現れるという筋立て。黒川能もまたこの地の伝統文化として、猿楽能でありながら独自のスタイルを受け継いでいるとのことで、庄内と上方の繋がりの古さを感じさせます。

鶴岡の成り立ちは17世紀ごろからですが、黒川能の原型は13世紀の伝来という年代差があるようですから。そうした伝統文化の節目が、21世紀の今にあたり、荘銀タクト鶴岡は最も新しい文化の発信拠点となっていくのです。完成前の市民向け内覧会には、ただ1日に鶴岡市の総人口のうち7%近くの来場者があったという話を伺い、地域の関心の高さを感じました。

 

 

店長を訪問

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夏仕様になってお元気でいらっしゃいます。

店長とのつき合いももう5回めの夏だなあ。

過去記事を見ると写真の頃と比べて毛並みが良くなっているので、時々温泉にでも行けるようになったようです。

経緯度交会点

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自分にとっては見知らぬ街とは言い難くなっている秋田県大潟村の「八郎潟」は、子供のころはまだ「日本で二番目の湖」という教わり方をしていました。その後の干拓事業が進み、今や地図上のスケールと自分の距離感が狂うほど広大な耕作地帯。そこに偶然にも、日本で唯一10度単位で経度と緯度がクロスする交会点が存在します。かつては水面でしかなかったこのポイントは、いまでは北緯40度線に沿って、あぜ道が一直線に走っています。

と、思い込んでいたら、必ずしも一直線じゃなかったわ。

でもまあ、このあぜ道に限らず基点から終点までが平気で一万mとか五千mとかで区切られているのがこのあたり。カーナビゲーションの表示スケールを千mまで広げないと、潟の全体像が見えません。すると今度は、すぐ隣の路傍にピン打ちされている交会点まで、ナビのガイドがためらいもなく「目的地まであと10キロ」とか言いやがります。

今、日本で二番目の湖に格上げされた霞ケ浦も以前はぐるりと巡る湖畔の堤防上がダートでしたが、もうこれほど長いストレートの砂利道(しかも終点で曲がった先もずっとダート)は無くなってしまったかもしれません。舗装道路に戻ってもストレートの先が見渡せない、故に速度を上げて走るのがあほらしくなるという、なかなか素敵なところなのです。そして本州内は緯度であと一度分、北へ走ることができます。東北が大陸っぽく感じられる瞬間です。