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  ~懲りない傾向~

唐津へ

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呼子の朝市は日本三大朝市の一つだそうで、出たぞ日本三大、あと二つってどこだよという話を始めると別の展開になるので(輪島と勝浦と高山・・・あれ?四つになっちゃうぜ)やめときまして、福岡から東松浦半島まで約80キロをひとっ走り。助手席だから快適。しかもジープ・ラングラーの視点の高さです。道々、TJさんのガイダンスを聞きながら景色も歴史も学べるというある意味大名旅行(何しに行ってたんだ、俺)

今は唐津市に合併された呼子はリアスの海岸の奥つ城に漁港を構え、イカの水揚げでは国内随一の町。

以下略。リンク参照。

 

朝市の設営よりも早く到着してしまうほど早朝の福岡前原道路を走ってきたため、町にはまだ観光客もなく、のんびりと内湾の海を眺めてから、ウエストウインの面々に頼まれ一夜干しやら干物やらを買い出しするTJさん。「一夜干しもするめも美味いけれどやっぱりイカ刺しですよ」と、朝市通りのなかにある食堂でメバルの煮つけと一緒に出てくる定食のイカ刺しをいただきます。2時間前に仕入れたイカだとか。

観光客が増え始めたところを抜け出し、湾内を散策しながらTJとTJさんの撮影をこなして唐津街道で帰路につきます。が、TJさんは昨日のどこへ行きたいかの雑談中に出ていた「佐世保バーガー」という一言を覚えていらして、唐津の街なかを案内してくれた後に虹の松原の広大な松林へとTJを走らせ、「からつバーガーでよろしければ」と街道沿いのバーガーショップに向かいます。

虹の松原は百万本と言われる松林で、またもや「日本三大」の松原のひとつ。その街道上に突如現れるマイクロバスとテントという店構えのバーガーショップは、松原散策と海岸へ出る人のための自由駐車場にあり、すでに満車ですが、TJさんは巧みに空いているスペースを見つけて滑り込みます。いや、俺、エスクードでもそこへは入れない。でも隣のクルマとの間隔はきちんとドアが開くのです。とてもTJ乗り出し一年弱とは思えない。

からつバーガーと佐世保バーガーの違いは判りませんが、ルーツは佐世保の米軍基地の味だとのことです。パティやソースは好みですし、なんといってもぱりぱりに炙られたバンズが良いです。今度、仙台の佐世保バーガーも食べてみよう(まだ食ったことがない)。あとで知ったことですが、そこは子午線で言うところの130度線(東経)が通る場所でもあったようです。こうして白砂青松の景色を刻みつけながら、一路ウエストウインに帰還します。

大雑把に言えば全行程で200キロ弱のドライブです。TJさん、大変お世話になりました。観光が楽しいだけでなく、ユーモアとインテリジェンスにあふれた、しかも独特の対話が、素敵な時間を過ごさせていただけました。あー、忘れるところだった。呼子、唐津としか綴ってきませんでしたが、ここは佐賀県です。九州、広い。まだ上陸三県め。次に行けるときは、どこまで足を伸ばせるだろうか・・・

 

 

日々旅ニシテ旅ヲ栖トス

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松尾芭蕉が「おくのほそ道」を編む旅に出たきっかけは、彼が崇めていた西行の五百回忌にちなんだものと言われています。現代の暦では1869年の5月16日(元禄2年3月27日)、江戸深川の住居を引き払い・・・引き払ってまでという覚悟のもとでもあろうし、長い行程のための資金繰りもあったことでしょうが、ともかく芭蕉は曾良を伴い、北を目指して旅に出ました。

日光、黒羽、那須を経て白河関を越え仙台にやってくるのが約1カ月ちょっとの後。途中の滞在期間を差し引くと、やはり健脚だったのだろうと感じます。いま、僕がその距離を数時間で行き来していることを彼が知ったら、どんな顔をしたことやら。

おくのほそ道は松島から平泉に至り、出発からほぼ2か月後に山形の立石寺に戻ってきて、そこから新庄まわりで出羽三山をめぐり鶴岡、酒田から行程最北の象潟に約1カ月をかけて歩み、日本海に沿って越後、金沢、敦賀を回って4カ月と少しで大垣に至ります。彼は大垣にしばし滞在した後、この年行われていた46回めの内宮式年遷宮を見物するため、伊勢に向けて出立していきます。

まさしく日々旅ニシテ旅ヲ栖トス。いくら東北のあちこちに出向く僕でも、4カ月という自由時間を得られない境遇では、この行程と同じ旅は不可能です。なにより気持ちのゆとりも覚悟もないしなあ。

 

月山へ

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仕事ですから来いと言われれば行かなくてはならないので、暦から連休は一コマ消えます。でも連休ですから交通量の多いこと。月曜日には鶴岡まで出ていましたけど、さすが平日よねと思うくらい閑散としていた同じ道路が見事な行楽日和でした。

夏スキーもできる月山です。街道から外れれば許可なしでは進めない以前に道がまだ埋もれたままだよどうすんだよ。という瀬戸際まで、いったい何の仕事に行ってるんだというのは企業秘密です。

なんだかんだで再発しつつある椎間板ヘルニアをなだめながら仕事をこなして、寒河江に戻ったら絶対に混雑してるよなあとまたもや鶴岡に降りて行ったのは、まあ空腹で早く昼飯が食えるのはどっちか?という誘惑に負けての話。しかし当てがあるわけも無く、ずいぶんシャッターが下りている風景を一昨日見ていることを思い出して半分後悔。

それでもありがたいことに暖簾を出しているお店を見つけることができて、ええもう何が出てきたって文句なんか言いませんよと無礼千万なことを考えていたら、「昨日」採ってきたての山菜の天ぷらと買ってきたばかり(失礼)のはまちの刺身と、写真に写りきらなかったけれど具のたっぷりと入ったなめこ汁。山形っていろんなものが美味しい。日曜日に菖蒲のパーキングエリアで食った定食がひどいものだっただけに、仇を討っていただけた思いです。

 

 

 

渡れませんがもしかすると

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福島県いわき市の小名浜港に巨大な橋が完成しました。

が、この橋は小名浜港に陸揚げされる石炭を運搬するための作業用道路のため、我々一般人は通行できません。橋の向こうでは専用桟橋と護岸で覆われた人工島が建設されており、完成後はそこに輸入された石炭がストックされるのです。我々は水族館アクアマリンふくしまあたりからこの景色を眺め、ライトアップで浮かび上がる様子を楽しむこととなります。

が、が・・・がしかし、小名浜港の港湾計画図を広げてもらって、橋の向こう側の人工島をしみじみと見ていたら、島の一角に「緑地」という土地利用があるのです。

緑地・・・それはまあ接舷した船の船員だって石炭の山だけ見てるのはつまらないだろうし海鳥の生息地とかも必要だろうし、石炭の粒を飛散させにくい防風林かもしれないけど、もしも仮に、ここまでならたまには来てもいいよという政策でも反映させていくのだとしたら、国もなかなか粋なところがあります。

君の足は・・・

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宮城県南三陸町で活躍しているオクトパス君は、もともとは「置くとパスする」受験祈願などに効能を持つ卓上小物のマスコットキャラだったそうですが、震災以降は街の復興応援のために奔走しています。

これほど至近距離でお目にかかるのは初めてなんですが、なんとなく違和感がついてまわり「あなたひょっとして、足が八本以上あったりしませんか?」と尋ねてみたものの、そのうちの二本をひょいひょいと動かすだけ(どうも否定のポーズらしい)

でも、どうにも気になるオクトパス君の歩行姿。ぐるりと生えている足とは別に、内側に歩行脚がまちがいなく二本あるのです。むすび丸さんなんか、それに気づいてハラハラという仕草にしか見えません。

もっともオリジナルのイラストだと、足六本しかないので、立体の足が多かったとしてもそこで相殺なのかもしれませんが。

刻まれた青

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宮古の港に押し寄せた津波の高さ。単純に高さだけじゃなく、その質量を想像したら、こりゃもうひとたまりもありません。

あの日、予定通りに仙台空港近くのアポイント先に出かけていたら、やはり同じくらいの大津波に飲み込まれていたし、予定を前倒して立ち寄っていたら6号国道を南相馬あたりまで南下していたでしょう。だんだん昔話になってきましたが・・・

 

空に星

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まじないでも施すかのように東松島の空に描かれるスタークロス。

訓練ですが、パイロットの心中のどこかには、祈りをこめた思いがあるのかもしれません。

機影を探してもスモークの先端にはすでにいなくなっていて、全く別の場所で旋回を始めていました。

つまりそういうことさ

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木曜夜から久慈に泊まっていますが、金曜日はピンポイントな仕事先にてそこをこなせば業務もめでたく終了の予定です。やったね、15時にはあったかいラーメンをすすって、あとはのんびりと帰路につくプレミアムな金曜日さ。何度か紹介していますが「道の駅たのはた」のラーメンはあっさり系で大変うまいのですよ。

仙台まで5時間半たっぷりかかるけどね!

 

しかも土曜日は石巻で仕事だぜ

成りかけの朝

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こんな時間に移動なんだからいつものことながら泣けてきますが、この日の朝は珍しい景色が広がっていました。

あと少しでちゃんとした太陽柱になったかもなー。でもたぶんこれ太陽柱でいいんですよね?

急がば回る三陸沿岸

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先週半ばの東北地方秋田県側の大雪は太平洋側内陸でも猛威を振るい、朝から晩まで東北道全域ののチェーン規制と宮城、岩手の暴風警報。そんなときに宮古の田老まで行ってくれってんだから「真・移動指揮所はいやだっ」と駄々の一つもこねてやります。夏だったら盛岡まで170キロほど北上して宮古まで東に約90キロと、さらに田老までですが、北上全部が凍結路なんてやってられないじゃないですか。おまけに地吹雪が横殴りなんですから。冬道のへたくそな僕にはいいところ平均速度が時速50キロちょっとです。

そうなると、国道45号と一部開通している三陸沿岸道を使っても移動時間は大差ない。沿岸にも暴風警報は出ていましたが、少なくとも雪のないドライコンディション(気仙沼あたりはそうでもなかった)です。5時間かけて前乗りすることとなり、釜石市を越えてから遅い昼飯を食っていたら、案の定東北道は一関あたりで事故による通行止めとのニュース。その後宮古についてからは国見周辺も事故通行止めで、そのとき解除になっていた一関では夜になって別の事故でまたもや通行止め。

事故は起きていなかったものの、弘前から先は吹雪で通行不能というすさまじさだったようです。こうなると帰路も恐ろしくて東北道へは迎えないということで、またまた沿岸を南下して仙台を通過し基地まで7時間半かけて帰って来るという週末でした。もう我ながら馬鹿じゃないの? と思ってしまう移動だけのような仕事です。現地実働時間は往復移動時間の8分の1ですよ。

でも沿岸回りだと仙台から田老が260キロで、田老から基地までが530キロだから、1000キロ走っていないのか。もっとも明日の夜には仙台・田老間と同じような距離を北上するんですけども・・・