Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

理力の出し惜しみ

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描く方も描く方ですが、買っちゃう奴もまあ同次元。

いや、同次元じゃなくて同世代なんで、だいたい手の内はわかる構成なのです。

だけどやっぱり所詮は薄い本です。

こんなもんで理力を無駄遣いとは片腹痛いぜ田中圭一さん。

 

どうせ訴えられるならこれ、百頁もので読ませて下さいよ!

↑ 訴えられるという前提は失礼な物言いだよね

うたかたに霜の降るなり

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齢相応に白髪が増え続けているのですが、

増えるなら増えるでさっさと真っ白になりやがれよと。

我が国、迎合するのだろうな

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もう大分前の記事ですが「英も」というわけで、これより先に仏がこれを表明しており、20年とちょっとあとの将来には欧州のかなりの範囲で従来の内燃機関が駆逐されることになります。彼の国々は原子力政策をスタンダードに進めているから、ガソリン車やディーゼル車を締め出してEVの世の中にしてしまっても電力供給源に何のためらいもなく原子力発電への依存を唱えられるのでしょう。米の大統領がどう反応していくかも注目ですが、我が国なんかあっという間に迎合しそうで、視点によっては先行き不安でしかない話ではあります。

1000年に一度の大津波が想定の外であろうと内であろうと原子力施設に被害が出ればどうなるかは、我々は身をもって体験している一方で、原子力発電所の再稼働は電力需要の増大傾向が続けば避けて通れない道という、二律背反な選択肢を迫られているときに、海外のこの動向は再稼働への突破口としてかなり都合の良い話になりましょう。

まあさすがに2040年時点でうちのエスクードが現役でいられるとは考えませんし、その頃の政策で自分自身が運転免許を保持させてもらえるかどうかもわからないわけですが、EVの普及が環境政策にとってささえになるという論点は、やはり短絡しているのではないかと感じます。広島、長崎、第五福竜丸、福井、東海村、福島とこれだけひどい目に遭っても最近の大洗事故ですから、長い年月のうちには長いものに巻かれていくしかないのでしょうかねえ。

蝉時雨

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昨年、今年と身内や近所に新盆が無いことで、新盆参りという行事が発生していない。それを近所の人々も我が家でも「静かなお盆です」と言って安堵するのですが、我が家的にはここへ帰省してくる身内が三々五々にやってくるため、遠出はできません。

まーそれ以前に「誰だよ梅雨明け観測報告したやつは!」と言いたいくらい小雨続きので、ここ数日の最高気温が25℃。

 

静かだけど6月に逆戻りしてるよ、つくばーど基地

 

でも庭先ではミンミンゼミもツクツクボウシもヒグラシもうるさくない程度に鳴いているので、間違いなく8月も折り返しです。

昨日、来客の合間を縫って家内の実家を訪ねた折、別件で筑波研究学園都市にも立ち寄ったのですが、中心都市部の街路樹という街路樹がセミの生息地となり、基地の庭先に比べるとかなりの音量がどこまでも続くという風景でした。夜になればムクドリなどの巣にもなっているようですが、延々とセミの大合唱が続く並木道って、きっとつくばエクスプレスの沿線宅地開発や、その後も続く土地造成で大規模な里山消失を続けたことが原因じゃなかろうか。

刈るぞ

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ちょっと放置しておいたら基地の前庭が大変なことになってしまっており、盆休み前に大規模草刈りを敢行しなくてはなりません。

が、戦力が足りないので新月さん夫婦に手伝っていただき他力本願作戦に出ることになりました。そんなわけで本日基地においでの方がいるならもれなく「遭うと労働」から逃れられません。昼ごはんは大盛りの焼きそばを焼き続ける予定です。

ただ問題は、台風5号が迷走しやがってもう・・・

とか言いながら帰宅したら、台風の影響はなさそうなものの

「この蒸し暑い中、おもてで焼きそばなんか焼いてられませんわっ」

と家内に叱られ、昼ごはんはそうめんになるか冷やし中華になるかしそうです。

傍迷惑な彗星

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7月30日に「迷惑千万な彗星」というのを書いていますが、そんな表題で書いたもんだからティアマト彗星の怒りを買ってしまったようです。

要するにソフトを購入するとおまけでフィルムしおりが付いてくるわけで、そのフィルムがどんな場面を切り取っているかは「当たり外れ」の世界です。この場合一般的には、主役の二人が写っていてなんぼですよ。

 

↑いや、そりゃハイライトといえばハイライトだけどさーっ

 

 

必殺の0.1秒

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ウルトラ警備隊を追い越してしまいました。

怒られるでしょうか・・・

←これはさしずめホーク1号(前部にβ、後部にγの意匠があって、本体がα号)?

娑羅双樹の花の色

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うーん・・・ 生前、お袋は「沙羅の木なのよ」と言っていましたが、7月過ぎて開花して落花している沙羅なんてあるかよ? やっぱりこれは「沙羅の木なのだよ」と云いながら代用樹として普及していったナツツバキ科の夏椿なんだろうなあ。基地の前庭で木陰を作っている沙羅ならぬ夏椿は一応双樹で植えられているのですが、植物学的にはフタバガキ科の沙羅とは全く別の木です。ほんとに沙羅だったら樹高30mになっちゃうし。

朝に開花し、夕方には落花する一日花と言われていますが、案外そうでもなく、2日ほどは頑張っていますね。ただ落花は散る、なんて儚さではなく花そのものが落ちてくるうえ、酸化による変色も早く、風情のあるものとは言えない気がします。

 

日沿南下

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22日の青森市内での仕事がキャンセルになってしまい、掲示板の投稿も数十件の閲覧はあったものの反応は0なので、本日の仕事が片付いたらこそっと日本海沿岸を南下して新潟へ向かうことになりました。月曜に基地から仙台へ300キロというのを別にして火曜日300キロ、一昨日17キロ。昨日480キロ、本日500キロプラス350キロで基地へ帰還って、普通、旅行ですよねえ。

新潟市内へは順調に移動できて19時くらいにたどり着ければいいのですが、どこで昼飯にありつけるか以上に、給油ポイントをうまく見つけられるかどうかが課題。

タイヤをオールテレーン・大径化している分、カタログ燃費を維持して走るのは工夫が必要です。過去に仙台~浜松600キロの無給油実績はあるけど、今回はどうなることやら。冒険しないで酒田あたりでスタンドに入るか。

いやそれより・・・壊れやしないだろうな?

などとしおらしいことを書いてましたが、目的地手前でここより先にエネオス無かったしと、484.7キロで給油となりました。青森から大舘、能代、秋田、由利本荘、にかほ、酒田、村上経由の高速道路はことごとく制限速度が80と70キロというところが作戦上のツボでした。しかしこれで先頭を走っていると後続車がつながってしまうこともあるので、85~90キロくらいで巡行する先行車を見つけては適当な距離を置いて追随し、エアコンは使わず窓をすべて開けて、それで十分な涼風を得ながらの走行です。

ただし窓を開けているので直射日光はすさまじく、じりじりと日焼けしてくるのは避けられず。外気温時計は32℃だし。これがトンネル区間に入ると長いトンネルなら6℃くらい下がるのが妙なオアシスです。秋田以南はもろに西日を避けられない沿岸国道ですからたまりません。あつみ温泉付近で2200m、1900m、6000mのトンネルに連続して入った時はほっとするわけですが、ここからまだ130キロは走らねばなりません。

その辺は端折って、新潟市西区です。青森ではリッター122円でしたが、このスタンドは117円で小売りしているためいつでも大混雑。悠長に写真撮ってるわけにもいかず計算も後回しでセルフ給油の順番を待ちます。まああれだけやったのに、いまどきのクルマと比べようもない数字ですが、カタログ燃費がリッター10キロのTD61Wで二回り大きなタイヤ装備を考えれば、善戦したと思います。数字だけを見るならば、残りの燃料を使いきるとして、関越回りで東北道の栃木インターチェンジまで走れた計算になります。

まあ実際には高崎あたりまで行って「いやもう怖いからスタンド探す」だったでしょうけど。それにしても地図上でトレースするとげっぷが出るような移動経路なんですが、これだけ走っても1000キロには届いていませんでした。

 

 

 

 

ライ麦畑のむかし今

ライ麦畑のむかし今 はコメントを受け付けていません。

先日のこと、福山市中央図書館から中高生向けに勧める図書ガイダンス「本の世界へ旅をする」が発行されたニュースを見聞きし、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」がこれに含まれていることに、ちょっと安堵しておりました。我々の文化圏においてこの本が悪書扱いされていた記憶は薄いのですが、サリンジャーの人となりから来る風評も手伝ってのことなのか、この作品が出版されてから三年後くらいに、かの国ではそのような風潮が大荒れしたのだそうです。

十代の半ば頃にこれを読んだときには、半分は理解できていなかったと思いますが、二十代になってカリフォルニア州教育委員会がヒステリックに学校や図書館から同書を追放したことがあるという史実を知った時には「えー? なんでー??」と感じたのでした。

それを同じテーブルに乗っけるのが適当かどうかはともかく、そういえばサリンジャーに触れるさらに前のこと、我々の文化圏でも手塚治虫さんやら永井豪さんやらがPTAから糾弾されて、出版物が焼かれた(実際に見たことはないけど焚書ですよ)史実があったよなあと、当時それらを重ね合わせていました。

親と子供の、ものの感じ方が相いれなかった時代を経験しながらも、サリンジャーに関しては今ではライ麦畑も課題図書として扱われ、アメリカの高校生は授業で読んでいるそうですし、日本でも件のニュースのように中高生のためのブックリストに載って来るのだから、年月がいろいろなものを稀釈していくねえと感じます。ひとつ面白く覚えているのは、僕も中学生で出会ったこの本でしたけど、ティーンエイジャーだからこそ共感できると今でも諸表に書かれることがあるけれど、サリンジャーがこれを書いているのは二十代から三十代にかけてのことだったりするわけで、中学生から見たらもう十分おっさんなんだよなというところです。

ところがですよ、家内ですら大学の授業でレポートを書いたことがあるというのに、うちの娘らは読んだことが無いらしい。

まーそれならそれでもいいけどさー。