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  ~懲りない傾向~

スズキエスクードミーティングinウエストウイン

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暑いながらも海からの風が程よく届いていた週末。スズキ自販福岡の車両提供による試乗展示会と、チーム・ウエストウインが保有する2台のダートトライアル用エスクードの展示を軸に、スズキエスクードミーティングが開かれました。三代目エスクードから四代目へと乗り換えのための商談に訪れる人、イグニスの試乗に来店される人、四代目エスクードを試乗する人などなど、ウエストウインの日常の延長といえばそのままです。

実際のミーティングは夜になってからの焼鳥屋での宴会ですが、ここのミーティングはなんといってもダートラ用エスクードの今年度のモデファイ作戦会議と、後藤、川添両選手によるお互いのドラテクの検証がメインです。それをこの場で書いちゃうと手の内を明かしてしまうことになるので割愛。それでもエスクード誕生30周年用の素材は充分に確保できました。5年ぶりの福岡はとにかく面白かった。腰も限界に来ましたけど。

それから、ESCLEV のスポーツタオルの最終在庫を、商談に来られたエスクードユーザーさんと、このブログのファンだと応援してくださる方、四代目を購入されたユーザーさんに超限定で進呈したのですが、島社長をはじめ多くの方々から

「いいなー。また作らないの? 作るんでしょ? 作ってーっ」

という要望をいただいてしまいましたよ。どうしようね。作るのであれば色を変えることになると思われますが、新色仕様ほしい人がどれくらいいるかです。オーダーが百本を超えるなら考えてみますか。

Team WESTWIN Warriors #108

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チームウエストウインのレースを最初に観戦したのが十年前のことで、その頃すでに最初のエスクードは現役を退いていたのですが、非凡な才能と簡単に言ってしまうのは失礼なほど速く、快活な青年たちと出会いました。

実は僕は、島雄司監督やエスクードとお目にかかるよりも先に、後藤誠司君と川添哲朗くん、そしてウエストウインのチームメイトと邂逅しているのです。

このチームでエスクードを操ってくれたら、ダカールラリーともパイクスピークヒルクライムとも異なる、しかしすぐ手に届く近しいところで強靭なレースが実現するのではないか? もっと言えば、それら二つの星に次ぐ第三の超新星爆発を起こせる!(かもしれない)

その要望に彼らは応えてくれ、女性チーム編成の耐久レースやディーゼルエスクードの投入を経ながら、現在のダブルスーパーエスクード体制を構築していきます。

そして五年前のこと、遅まきながら僕は彼らの本拠を訪ねることとなりました。この間、二度ほど彼らのレースを観戦していますが、交流の大半はオンラインでした。それが仙台と福岡の現実的な距離です。

やー、五年も費やしちゃったのかよー。と後悔先に立たずの今回の訪問です。でもこの五年間、彼らは最強のチームであるこことをずっと護り続けてくれていまして、鼻が高いわ臍がかゆいわの福岡です。

今日、ウエストウインのミーティングにお越しいただけるすべての人々に、自信をもって自慢と紹介のできるチームです。

で、こんな忘れたころの訪問なので「そんなこと言ってるあんたは誰ね」って言われるかもしれないので、そこはご勘弁ください。

 

10年経っていた

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なぜか屋根の上に戸板を括り付けているTD51Wは、数週間じっと身動きせずに牧之原市の相良支庁舎の駐車場に保管されていました。

車両の周囲にはロープとバリケードが張り巡らされ、この車を動かすことはならぬし誰一人立ち入りもならぬぞという物々しい風景・・・でもなく、このエスクードはじっと「その日」を待っているのでした。

このお話を知らせてくれたのは、当日の静岡新聞を読んだ、だいすけさんの奥方。

なんだか記事を見て 暖かい気持ちになって
思わず メールまでしちゃいました。

それがきっかけ。数日後の金曜日の夜、仕事をうっちゃりやっつけ、牧之原まで走りました。

営巣していたのはセグロセキレイ。せっせと餌を運び込む姿を見てほっこりさせられ、そーっとこの場を離れたのが、いつのまにか10年前のこと。

そのまま天竜川まで出かけてカレーを呑み、タッチアンドゴーで山梨のアイリッシュパブまで、当時そこで使われていた白いTD01Wを拝見に押しかけ、その道々SSレイドの仕込なんかもやっておりました(2年後に攻略された)

24時間で1000キロには満たない弾丸ツーリングでしたが、前の年の秋に15年落ちで手に入れた「コミューターとして使うから長距離はやらない」つもりだったコンバーチブルの初の遠乗り。このときまだうちのコンバーチブルの積算走行距離は正真正銘100000キロ未満だったのですよ。いま、遠乗りの大部分が仕事で日常茶飯事になってしまって、旅をしている感覚になれない気持ちが半分。それって、けっこうもったいないことをしているのかもしれません。

 

 

 

僕は売らないけどさ

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クルマの売却アピールのためにこれほど入れ込んだ動画を作るとは恐れ入ります。

そうだよ、あの動画だよ

僕なんかマイクロソフトペイントしか持ってないのでこんなんしか作れなかったけど、これやったのが2004年でしたから、いつしか同じようなことを考える人が出てきたのねえ。

 

普通の車に戻ります

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TETSUJIN勢の協力を賜り、ぷらすBLUEの足回りに組まれているコイル(ロードウイン)を別のコイルと入れ替えました。ロードウインは青影さんに進呈し、青影さんが持ってきてくれたとあるメーカーのコイルとコンバートです。箱にはエスクードTD01W用、1.5(インチ)UPとあります。ロードウインと同じ巻数ですが、鋼材の径は0.5ミリ細めです。が、問題発生。僕の椎間板が悲鳴を上げており、右大腿部まで痛みが広がり使い物になりません。AMGさんが用意してくれたエアコンプレッサーも持ち上げられない。もうはっきり言って邪魔。

言い訳をすると、前日まで基地の敷地に生い茂ってきた草木を刈払い機で除去し、駐車スペースや調理場確保をやってました。基地全体を草刈りするのに3日かかるんです。これで消耗(なさけねー)

数値で言うと、車高は下がりました。5ミリくらい。車体が軽いせいでしょう、ノマド用アップコイルなので、見た目には下がった事実はわかりません。ただしショックが伸びきるとコイルが遊びそうです。まあ霙はクロカンやらないから問題ないでしょう。

この作業の間、SPFYOさんが武蔵野うどんをゆで上げ、s.Doさんが飲み物とかき揚げを調達してくれ、TA01Wさんがハモのちくわを差し入れてくれ、こし亀さんがお茶菓子を持ち寄ってくれて昼飯の準備。ここまででTETSUJINの面子紹介も何気に完了です。我が家からは当日朝に作りたての柏餅を提供。甘さ控えめの餡でしたが塩辛めのつけうどんのあとにはちょうどいいコンビネーション。夕方、黄砂で薄暗くなるまでにはすべての作業を無事に終えました。

TETSUJINの撤収後、霙に運転させて隣町まで給油に試走。もちろんTETSUJINの試走も行われていますが彼女には一切説明せず。

「あー、なんか乗り心地がふんわりになりましたねー。今通過した道路の継ぎ目のとこなんか、どかんとぶつかってた感じだったけど、ぽよんと乗り越えましたよ」

TETSUJINの方々、お世話になりました。乗り手はきちんと理解してます。

ところで、今回組み付け部品確認のために久しぶりにサービスマニュアルを開きましたが、うちにあるのは88年5月版。前期型TA01系ならこれで充分で、というよりこれより古いのを持っている人はいないというよりありえません。こし亀さんもマニュアルを持ってきてくれて、どれくらい新しいか?と比べてみたら、彼の蔵書も同じ版でしたよ。

そんなわけで、ぷらすBLUEは上げた車高はそのまま、乗り味普通のエスクードとなりました(家内は・・・実はちょっと不服そうです←お前が異常だ)

 

100号の+α・・・のさらに外堀

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帰省するとスーパースージー100号が届いていました。いつもの1.5倍増しページにデモカー、ユーザーカーなど100台以上のジムニーと、ホープスターが所狭しと掲載されています。実際のところ、これはジムニーという冠を付加してからの通巻で、スーパースージーという冊子に遡れば171号なのですが、それを言ったら「以前はジムニー・エスクード専門誌って名乗ってたじゃんかよーっ」と愚痴り一つもつぶやきたくなる時代の趨勢です。レースページの常連、ウエストウインすらエスクードはW不参戦の報です。

所狭しの中で肩身の狭いエスクードになってしまったからには、ふーんだ、今のジムニーには成しえなかった業績をエスクードは残したんだい(子供か俺は)と、TD01W・ノマドのことをカウンターアタックとして掲載してもらっております。ノマドサイズ、ノマドスペックこそ、次期ジムニーの小型車版に求められているニーズではないかと考えると、ジムニー・カリビアン(ロングサイズの小型車)が国内で販売されていなかったことは、ジムニーの歴史の上では唯一の空白。まさしく自社内ニッチをやってのけたのがノマドでした。

せめてノマドだってこんなにかっこよかったのだよ。というスチルを選んだのですが、なんとしたことか「室内の写真がねーよ」と大慌てで、締め切り直前に風花さんにメールを入れて「室内だけのまちゃん」を使わせてもらっております。

いずれにせよ、大部分ジムニー雑誌の中のわずか1ページです。肩身が狭い以前に薄い影も消えているだろうなと思っていたら、毎回投稿していらっしゃる読者の方が、おそらく初めて、エスクードのページ(前号)について触れておられました。

←前号は、若葉マークで20数年前の幌エスクードに乗り始めた霙に「お前は今のところ世界最年少のエスクード乗りなのだ。なんか書け」と命じてカフェで撮影したり買い物風景撮ったりしたものです。99号の記事を読んでいただき、別の回にて霙がコメントしている80号まで遡って読み合わせていただけているのは、この連載ページの担当としては何よりうれしいことでした。あっ、100号はたぶん、まだ書店に並んでおりません。9日の火曜日発売の予定です。

 

のんたんと文吉

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最初のノマドに出会ったのは2003年頃のことだそうです。

「三菱のブラボーに乗っていたんです。ここ(フジ・オート)のわりと近くで故障して、そのときは最寄りのディーラーに持ち込んだんですが再起不能だと言われて」

意気消沈して帰宅し、気を取り直し、4輪駆動車に乗ってみようかなと考えていたのはチェロキーだったとか。

「赤いチェロキーがイメージでした。でもその後近所の自動車販売店の前を通りかかったら、なにこれかっこいいじゃない? って四駆を見かけて。それがエスクードだったんです」

しかしその個体は黒だったのです。赤い四駆、そこは譲れないとインターネットで探し始めて見つけたのが、当時フジ・オートに出品されていた5型の4ATノマドでした。ノマドだから、のんたん。

で、ここからがとてもじゃないけどブログでは書ききれない物語があれやこれやと展開して、彼女のエスクードライフが今に至ります。いやはやエスクードの数だけ乗り手と車の個性があると主張してきましたが、ドラマというとそうそう聞けるものではありません。そんなドラマを伺うことができたのは慶事でした。

ではっ

・・・おいっ、それでいいのか!

文吉ってなんだっ、

今乗っているノマドって、なんで4型の5MTなんだよっ?

その片鱗は7月のスーパースージーあたりで。

細かい話は来年のウェブ企画にて!

 

 

恋するエスクード 第二幕

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それはラジアントレッドマイカのノマドのことです。

細かいお話はフジ・オートのつれづれ日記を参照。ドラマがあるなあと、僕は思ったのです。まあそれでもここのお客さんはなかなかコンタクトしてきてくれないんだよねと逸話を読み返しているだけだったのですが、

「お話したらぜひお目にかかりたいとのことですよ」と渡辺さんから連絡。

突如うれしい展開となり、オーナーさんの取材に行くのです。行くのはいいんだけど、BLUEらすかるで出かけるか、ぷらすBLUEで排気量を合わせるべきか。意外とつまんないことで思案中。

100号記念

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5月発売のため現物はまだ世に出ていませんけど、本家のブログには先月時点で載せられているのでまあいいか。と、二階堂裕さんからもらってきたカラビナ式キーホルダー。そのときには『でもどうせジムニーって書いてあるんだよなあ』と、ちゃんと見ていなかったのですが、雑誌自体の100号記念にする付録でした。そんならせめて来年の5月に出す号のときには、エスクード誕生30年記念付録を作ってくださいよ。

て、僕は嘆願しておりますが、そういうのほしい人はどれだけいるのかわかりません。声が大きくなけりゃ実現しません。このブログはコメントを書き込める期限が1か月以内のシステムになっていますが、その間、ほしいという人の声を拾ってみたいと思います。

ちなみにブログには「いいね」機能はありません。ほしい、作ろうというコメントがすべてであります。

まあはっきり言ってダメもとですけど。←それかよ

此処は何処の細道じゃ?

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なんでもかんでも秘匿隠匿すればいいというものでもありませんが、エスクードで出かけて行ける風景の中には、ちょっとその辺のSUVでは難しいでしょ?という場所もあれば、こんな絶景があったのか!という感動のシーンもあるでしょう。

それを、自車も含めて見せたいという心理はわかりますが、明け透けにどこなのかがわかる紹介の仕方が目に余る時代になっています。しかも便利にも最近のSNSサイトの機能にはマップ表示も可能で、続々と後続車をいざないやすい環境にもなっている。

そこを紹介することが時としてはた迷惑な場合もあることに対して、認識の垣根が下がりすぎています。SNSにいる人々はそのシステムによって自らを保護されているけれど、発信される情報が青天井に等しいことを理解すべきです。

そういう場所には細心の配慮で出かけて極力現地の良さを損ねることなく過ごし安全に帰宅し、それはどこなのかちょっと見にはわからない縛りを以てアップロードする。←しない、の選択もある

小うるさいこと言いやがると思われてもいいよ。だけど最近のエスクードユーザーはそれができていないんだよ。そのことが続いて、とっておきの場所の入り口に綱を張られても文句を言えないんだよ。

と自嘲も含めて綴る一方で、四駆とオフロードバイクではない移動手段で林道で出会う人々にも申し上げたい。交通弱者の法則はそこでも適用されることは常識ですから我々はそれを順守しますが、あなた方よりもずっと以前から、四駆やオフロードバイクの人々はそこを行き来している。ここ数年のブームで山に分け入ってきたあなた方から「四駆なんかで何をしに来た危ないじゃないか」呼ばわりされることは心外です。

蛇足でもう一つ。

天狗の森に行くつもりで道を間違えて基地のエリアに入り込んでしまったドライブの人たち。無断で基地の門をくぐって敷地に侵入してスイッチターンしていくって良心の呵責も何もないのか?