Trend-Blue

  ~懲りない傾向~

強い鉄拳乱れ飛ぶ♪

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その昔「UFO大戦争 戦え!レッドタイガー」という、後楽園遊園地のアトラクションから生まれたヒーロー番組がありまして。要するに呼べば来るくるレッドタイガーが「白い姿」。なんでー? と思っていると「レッド変身スパーク!」とか叫んでドカーンと「赤い姿」になる。

赤いマフラーなびかせて~のマフラーが白くなっちゃうのはご愛嬌なんですが、まあサンダーマスクと同様、二段変身のパイオニアのようなヒーローでした。

そうなんです。レッドタイガーのベルトのバックルには「R」の文字があって、この点が決め手となり、白と赤とだったら突撃ヒューマンという線もあったのだけれど、つまらん妄想がふつふつと湧き起こっていたのであります。

あー、この際だから昨年、エルガイムだとかガリアンだとかガンダムだとかガンキャノンだとか言っていた「めぐりあい うわのそら」は忘れちゃってください。

そんなわけで、はまたにさんがエスクードを退役させるにあたって「海岸ランナー完結編」を書いた後、急転直下で話が進みまして。はまたにさんのコンバーチブルは、うちが白い幌と予備のベストッブを受け取り、本体についてはAMGさんが引き取っているのであります。

いや・・・「何が海岸ランナーだこのやろーっ」と言われそうですが、白い幌はともかくあとからそうなっちゃったんだもん(そりゃ僕がブラックデンジャー・・・じゃない、黒幕ですけど)

 

そしたら・・・以前はまたにさんが見出してきた沖縄のエスク乗りから

はまたにさんからエスク降りるメッセージをもらって大泣きしたところです。
長年の相棒、自分以外の人に乗って欲しくないって思いもあるんじゃないかな・・・とかなんとか考えて勝手にガン泣きしてしまい、はまたにさんを困らせてしまうという・・・

ああっ・・・

彼女はその時点でコンバーチブルの処遇を知らされていなかったからなあ。こりゃ乱れ飛ぶ鉄拳は僕が受け止めるしかないか。でも、パーツ単位に刻まれ海外に持って行かれるのも、がちがちのトライアル車に改造されて永らえているのを見せつけられるのもいやなんじゃないかなあと・・・

とりあえずなんなんだよこの展開はという状況把握しかねる方々のために、

「海岸ランナー 総集編」をまとめてあります。

でもって本日行われるエスクード誕生30周年企画イベントの大トリに、AMGさんがはまたにさんを召喚されまして、はまたにさんがエスクードを譲渡するまでに取り外せなかったステアリングをAMGさんから、あらためて贈呈するとのことです。

うむうむ、事実は小説より泣かせてくれるのです。

 

 

 

30周年

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 ESCLEV サイトに記念企画ページを公開しました。

10年前ほどの体力もないし、周囲の熱も冷めています。技術的にもいまどきこんななの? な仕様ですが、まあこんなもんです。今月の連休が無かったら作れませんでした。いやその、一度ぶん投げようかと思ったので。

さてエスクードも三十路になりました。明日午後から日曜日の本戦で、今度は雑誌用の取材イベントです。誰に頼まれたわけでもないのでこんなことを言うのは愚かなんですが、これで荷を降ろせるなあ。

尚、この機にESCLEV旧サイトは閉鎖いたしました。古いリンクをお使いの方は、上記の現サイトにブックマークをお願いします。

 

今どき使う人がいるかどうかわかんないけどバナーはこちら

 

これも使う人いるのかよ? な気もするけど三十周年企画専用バナー作りました

 

ハスラーやっハスラー♪ 和邇さんの手記033

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和邇お嬢ねーちゃんからこんな衝撃的な場面が送られてきまして。

「偶然の共演」

とのこと。

 

いやしかしそれって・・・

←これしか思いつかん

 

裏方の憂鬱

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開催中のM‐レイドで最優秀賞を獲得する人のために、記念品を用意しています。品物自体は既製品ですが、有難迷惑にもM‐レイド専用プリントを刷り込むので、最終的には一点ものの記念品となります。

裏方は寸法をとりデザインを決め材料を切り出し、せっせと作業を進めておりましたが、ふと気がつくとすぅっと表情が消えていき手が止まっています。

 

・・・すみません。天地逆に圧着しちゃいました

 

・・・あらー

というわけで、泣きそうな顔になって一度貼り付けたアイロンプリントを剥離させる作業がこのあとしばらく続いてました。最優秀賞を獲得する人、仕上がりがちょっとあれになりますが、ご容赦ください。

売られたケンカは教えてあげるべきか(べきだな)

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ハスラーがバカ売れするわけですよ。四駆の形してりゃいいんでしょうね。

という無邪気なつぶやき、つい目に触れてしまいました。

新帝国ワニとHUSKYが双方見つけなきゃいいけど・・・

まあ見つけちゃうだろうよな。

 

報われぬ魂

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エスクード誕生30周年企画のweb制作をぽつぽつと進めてきて、9割方これが出来上がったのですが、20周年のときに多くのユーザーさんに協力していただいた歴代エスクード全モデルのユーザー批評だけはもう一度やり直すにはめんどくさくてもったいなくて、そのまま引き継ぎ四代目を加える形でやりました。企画ページはそこを外すとなんだかんだで約30ページになりました。まあ素材的にはもう35年めはないなってくらい、ストックの底もつきましたよ。

さて、やりきったぜーとデータをサーバーに送ってみたのですが、ソフトがホームページビルダーのためIE準拠で制作してきたことが仇となっていて(まあそれはずーっと前からそうなんですが)、ファイヤーフォックスだと構成が崩れるし、iPhoneでも同様。このあたりの微調整技術が足りずに座礁した気分に転落です。聞けば狼駄さんが最近、自身のサイト更新をやらなくなったのも同じ理由らしく、彼なんかタグ打ちでやって来た人だから挫折感半端ないようです。

で、しばし腕組みして考えた末、両者の結論は以下のような感じ。

「俺、もうスマホ対応のみで今までのは黒歴史に!」

 

「俺、今後もPC対応でしかやらねーっ」

 

志が低いな、おいら・・・

 

長くもない時間の中で♪

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返信に添付されていた

街の色も流行歌も変わってしまうわけですが、「2018 海岸ランナー」の挿絵に使わせていただいたぬいぐるみが、12年後のいま、当時のまま健在であることに泣けてきます。

スーパースージーのページを読んでいただけた方にはお分かりかと思われますが、かなり創作していながらも、嘘だけついているわけではなく、この子らの袂に添えられている花というのは、実際に当時の霙が路傍で摘んだもので、それを物語の中に織り込んだのです。雑誌上で借りた写真は、助手席から撮っているので、あの日奥方が撮っていたのでしょう。

変われないものというより、変わらないものも確かにあるな。などと想いながら、「読んだよ」のメールを受け取ったケータイを仕舞って、BLUEらすかるのハードディスクに録音してある「究極超人あ~る」を呼び出し、笠原弘子を聴きながら作戦室に戻りました。

ところで先日の「海岸ランナー完結 前編」は異様なほどの閲覧数なんですが、後編として掲載した雑誌ページにまで行ってくれる人はどれくらいになるのか。まあこんなへんてこな構成にしてしまう方に非があるのだけれど、なにしろ全体が長いし、前後編掲載にしたら7月まで引っ張ることになってしまうので、しみじみ感も何もなくなってしまいます。

主人公の当人は、どんなシーンで読んでくださったのか。こんなところ説もあるんだけど、そこかどうかは定かではありません。

 

新帝国ワニ対つくばーど 第三ラウンド

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意外な顛末を見た第二ラウンドですっかり旗色が悪くなりました、僕。

なんとか打開策を見出さねばならないとみつけてきたのがこれ。

よいではないか!

なんかもう褒められた気分です。そりゃー陰口たたかれるよりは褒められた方が良いに決まってるんです(お前、自分が気にかけるほど他人は自分のことなんか気にも留めてないって言ってなかったかよ)

さあどうだDr.ワニよっ

と油断したらですね・・・

・・・そんなばかなーっっっっ

もう一人のランナー

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昨日の赤いコンバーチブル退役については、いつかはその日が来るだろうと、ひとごとならぬ思いがあったのですが、避けられないものは避けられません。

そんなときに追い打ちをかけるように、Maroさんからの連絡があり、彼が32万キロまで走らせてきたTD51Wのエンジン、冷却系故障の度合いが予想以上に大きく、やはり退役となることをうかがいました。

話が遡りますが、うちの先代のとるねーどらすかるが2005年に全損し、1カ月弱のブランクを経て、BLUEらすかるが二番機として走り出した頃、当時のブログやwebをカナダで見てくれていたのが彼。その後帰国して自らエスクードに乗り始めたのです。
彼がらすかる交代劇の何に感銘し、海の向こうで友人知人にそのことを語り継ぎ、帰国の途に就いたかは、当時僕が知る由もありませんでしたが、ある日フジ・オートの渡辺代表が教えてくれました。

  「あなたのエスクードを意識して、うちで扱っていたТD51Wをお求め下さったお客さんがいますよ」

そして実際に、彼から連絡をいただき、交流が始まったのが、ちょうど10年前のことでした。カナダではご両親が、ТD62Wにあたるグランドビターラに乗っていたそうで、Maroさんご自身は帰国後に、93年式ТD01Wに乗り始め、2007年に現在のТD51Wに乗り換え、01Wはやはり帰国したご両親が乗り継いで、2011年にこの01Wが退役することになり、手に入れたのがТD61W。つまりBLUEらすかるの同型車となりました。

親子でエスクード乗り。なんて羨ましいと思いながらも5年ほど前にご両親ともお目にかかって、我が家よりもずっと早く二代にわたるエスクードライフのお話を聞くことができたのは幸運でしたし、なんともはや、僕みたいなへんてこなエスクード乗りが、これほど人様のクルマ選びを左右してしまったことに驚かずにいられません。

なんかもう、すいません。

でも、やっぱり残念でならない。身勝手なことを言えば、そんな気持ちです。本当に避けられない時代が来ているのだと痛感させられます。

海岸ランナー 完結 前編

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会社に入社した年、すでに昭和は終わり平成が始まっていた。

職場は東京と郷里を行き来し、そして再び東京の勤務になって、こちらに家を建て10年と少し過ぎる。僕自身は昭和の生まれだけれど、子供の頃は明治生まれのお年寄りたちに歴史そのものを感じさせられた。こと僕の郷里は戦争で手ひどい仕打ちを受けているだけに、その中を生き抜いてきた人々には皆歴史があると思っていた。

その僕が、まあ僕がそう決めたのではないけれど、平成の終わりを告げるニュースや記事見出しが飛び交う過渡期に、いま暮らしている。おいおい、遂に自分自身が、来年の今頃には三つめの元号を生きるのだぜ。

職場でいろいろと根回しと手回しが気ぜわしいのは、そういった時代の移り変わる過渡期だからなのかもしれない。ただ、そんな生活パターンにすっかり馴染んでしまって、さほどの違和感もない・・・

というのは自分に対する偽り。ずっと、このライフサイクルの中に生じている、凝りのような感情から目をそらしていた。

退勤途上の電車内で、スマートフォンに着信が入る。オークションに出品していた、タイヤが2セットとも落札された連絡だ。アルミホイールに組み付けたままのスタッドレスはほぼ新品、オールテレーンの方も・・・これは走る気はあったのだろうな。いずれ履き替えるつもりで買っていた未使用品だ。

 純正シートに戻し取り外したレカロのコンフォートも、タンクガードも瞬く間に落札者が決まった。まだこの手のパーツに引き合いがあることで驚くわけだが、使ってもらえる先があるならそれでいい。

残ったのは白地のキャンバストップだ。これについては思うところがありというより恐る恐る、手紙を出した。メールではない、封書で。受け取ってくれるならば今度の週末、宮城に伺いたいと書いた。すると即座に電話がかかってきて、こっちに来てくれるという。

だから恐ろしい・・・ああいや、ありがたい。受け止め方によってはうざったいと誤解を招くほど面倒見がよい彼は、車を丸ごと引き受けられずに申し訳ないとまで言ってくれた。

もちろん僕もそこまで寄りかかろうとは思っていない。ただ、この春をもって、長年乗り続けてきた車を処分するにあたって、彼には真っ先に伝えなければと決めていた。

それにしても、彼と連絡を取ったあとに出品したオークション品が、彼と会う以前にすべて売れてしまうという激流のような世の中だ。

それもこれも、インターネットの普及に対して移動体通信機器がこの10年で飛躍的な進化を遂げたことが要因だろう。腕時計型テレビ通信機という画期的な装備を持っていたウルトラ警備隊に憧れていた僕が、あのビデオシーバーよりも多機能高性能の端末を日常生活で使いこなす時代なのだ。

その反面、クルマに対する関心事は、世代が若くなるほど薄れていると言われている。ことクロカン四駆というジャンルは90年代前半に爆発的にブームとなり、そして市場は定着したものの、定着のために捨てるものも捨てSUVなどというよくわからないジャンルへ拡散し、今またクロスオーバーなんとかいうワケのわからない領域に飛び込んでいる。

 要はステーションワゴンの洒落たやつへの回帰なのだ。そこには荒れ地をものともしないクロスカントリー性能はコストの上でもじゃまになった。雪道と凍結路をある程度走れれば、四駆としての使命は十分果たす。

でも、だ。燃料代やら駐車場代やらも含めた維持費は、若い世代には重荷ではある。僕らだってそうだった。それでも四駆で野山に出かける楽しみがあればこそ、やりくりもできた。今はスマホがあれば部屋にいながらにして世界とつながり何でも見聞できる。

それが仮想現実でも虚構でも、電子化された情報は抵抗なく安価に手に入れられる。それこそ東京や横浜在住だったら、発達した公共交通機関でどこへなりと出かけられるから、次第にマイカーという言葉自体が脳内辞書から削除されていくのは無理もない。

まさかね、僕自身がそうなっていくとは思わなかったさ。

そんなことを逡巡しているうちにプレミアムと冠のついた金曜日は明けてしまい、約束の週末がやってきた。

僕はキャンバストップをたたんだ収納バッグを助手席に載せ、家内に見送られて路地裏から赤いコンバーチブルを走らせる。あと数日。休日の数を数えれば、もう何度もこいつを動かすことはないだろう。

 

 

 

※ 後編は「2018 海岸ランナー」として明日発売のスーパースージー106号に掲載します。